三角法
三角法は、〜から始まったわけではない。
自然の周期性に関する一般的な考察である。この点において、その歴史は円錐曲線の歴史と類似しており、円錐曲線もまた非常に特殊な着想から始まったものである。実際、これら二つの科学の歴史を比較することは、非常に示唆に富む類似点と相違点をもたらしてくれる。三角法は、円錐曲線と同様にギリシア人に端を発した。その創始者はヒッパルコス(紀元前160年頃生)であり、
ロドス島で観測を行ったギリシャの天文学者。天文学に対する彼の貢献は非常に大きく、それは彼の
真に科学的な主題を扱い、重要な成果を確立し、進歩のための正しい方法を示した。おそらく三角法の発明は、彼が研究した主要な科学に対するこれらの貢献の中で、決して小さなものではなかっただろう。次に三角法を拡張した人物は、アレクサンドリアの偉大な天文学者プトレマイオスであった。
すでに言及した人々である。我々は今
円錐曲線と三角法の間に見られる大きな対照を直ちに見て取ることができる。三角法の起源は実用的なものであり、天文学の研究に必要であったために発明された。円錐曲線の起源は純粋に理論的なものであった。それが最初に研究された唯一の理由は、そこに含まれる概念に対する抽象的な興味であった。特徴的なことに、円錐曲線は三角法よりも約150年早く、ギリシャ思想の最も優れた時期に発明されている。しかし、数学の理論と応用の両面における三角法の重要性は、数学という学問全体がその実用的な応用から得てきた数多くの実りある概念の、ほんの一例に過ぎない。
三角法とは何であるのか、そしてなぜそれが天文学という科学的研究から生み出されるべきなのか、私たちは自分自身に明らかにしようと試みることにする。
まず第一に、天文学者が行うことのできる測定とはどのようなものだろうか。それは、時間と角度の測定である。天文学者は望遠鏡(現代の天文学者にとって馴染み深いこの装置について論じる方が容易であるため)を調整し、東西を向いた固定軸の周りにしか回転できないようにすることができる。その結果、この望遠鏡は南の方角にしか向けられず、仰角を大きくしたり小さくしたりすることしかできない。あるいは、天頂を越えて回転させれば、北の方角に向けることもできる。これが子午線儀であり、
星が真南または真北に来る時刻を正確に測定するための優れた機器である。しかし、この機器は間接的に角度を測定するものでもある。なぜなら、二つの星が南中(または北中)する間に経過した時間を記録すれば、地球が一定の速度で自転していると仮定することで、その時間の間に地球が回転した角度を求めることができるからである。また、他の機器を用いれば、二つの星の間の角度を直接測定することもできる。もし が天文学者の目であり、 と が星の見える方向であるならば、角 を測定する機器を考案することは容易である。したがって、天文学者が天体の測量を行うとき、実際には、ある瞬間の星や惑星の相対的な方向を固定するために角度を測定していることになる。同様に、次の類似した問題においても、
測量において、角度は測定の主要な対象である。長さの直接測定は、正確に行うことがほとんど不可能である。川、家屋、森林、山、そして地表の一般的な凹凸がすべて障害となるからである。国全体の測量は、ソールズベリー平原のような選ばれた場所で、極めて精巧に行われる一、二の直接的な長さの測定のみに依存することになる。測量の主な作業は角度の測定である。例えば、、、 を測量対象地域における目立つ地点、すなわち教会の塔の頂上などとする。これらの地点は互いに見通すことができる。その場合、において角を、において角を、において角を測定することは極めて単純な問題である。理論上は、これらの角のうち二つを測定するだけで十分である。なぜなら、幾何学のよく知られた命題により、三角形の三つの角の和は二直分に相当するからである
直角であり、そのため2つの角がわかれば、3つ目の角を導き出すことができる。しかし、実際には3つすべてを測定する方がよく、そうすれば観測上の小さな誤差をチェックすることができる。地図作成の過程では、このようにして国全体が三角形で覆われる。この過程は三角測量と呼ばれ、基本的なプロセスである。
調査において。
さて、三角形のすべての角が
知られている、三角形の形状は知られている――すなわち、大きさとは区別された形状である。我々はここで、幾何学的相似という偉大な原理に行き着く。この概念は、その実用的な応用において我々には非常におなじみのものである。我々は皆、縮尺で描かれた図面の考え方に慣れ親しんでいる。例えば、図面の縮尺が1インチ対1ヤードであれば、図面上の3インチという長さは、実物における3ヤードの長さを意味する。また、図面に描かれた形状は実物における形状と同じであり、そのため実物における直角は、図面上でも直角として現れる。同様に、ある国の一つの図面に過ぎない地図においても、地図上の長さの比率は、示された場所間の距離の比率であり、地図上の方角は、その国における方角である。例えば、地図上で一つの場所が別の場所から見て北北西にあるならば、現実においてもそうである。つまり、地図においては、角度は現実と同じなのである。
幾何学的な相似は次のように定義される。二つの図形が相似であるとは、(i) 一方の図形の任意の点に対して他方の図形の点が対応し、それによってすべての線分に対して対応する線分が、すべての角に対して対応する角が存在すること、そして (ii) 対応する線分の長さが一定の比率にあり、対応する角の大きさが等しいことである。地図(または平面図)における対応する線分の長さと、実物におけるそれとの一定の比率を、地図の縮尺と呼ぶ。縮尺は、すべての地図や平面図の余白に必ず明記されるべきである。すでに指摘した通り、対応する角がそれぞれ等しい二つの三角形は相似である。したがって、二つの三角形 24 と において、角 と角 、角 と角 、そして角 と角 がそれぞれ等しければ、 と は同じ比率にある。
がに対する比、およびがに対する比と同じである。しかし、他の図形については、単に角が等しいというだけで相似が保証されるわけではない。例えば、よく知られた長方形と正方形の例を挙げてみよう。を正方形、そしてを長方形とする。このとき、対応する角はすべて等しい。しかし、正方形の辺は長方形の辺と等しいのに対し、正方形の辺は長方形の辺の約半分の長さである。したがって、正方形が長方形と相似であるというのは正しくない。三角形が持つこの特異な性質は、他の直線図形には見られないものであり、三角形を相似理論における基本的な図形たらしめている。それゆえに測量においては三角測量が基本的な手法となり、そこから「三角法(trigonometry)」という言葉も生まれたのである。
ギリシャ語の「trigonon(三角形)」と「metria(測定)」という二つの言葉に由来する。三角法が生まれるきっかけとなった根本的な問いは次のようなものである。すなわち、三角形の角の大きさが与えられたとき、辺の相対的な大きさについて何が言えるか、という問いである。ここで「辺の相対的な大きさ」と言うのは、相似の理論により、わかるのは辺の比率のみだからである。この問いに答えるために、ある角の大きさを引数とみなして、その関数が導入される。これらの関数の起源は、直角三角形を考えることによって得られたものであり、角の大きさは円弧の長さによって定義されていた。現代の初等的な教科書では、角の大きさを定義するものとしての円弧という根本的な位置づけがいくぶん背景に追いやられてしまっており、これは理論にとっても説明の明快さにとっても好ましいことではない。まず留意すべきは、相似との関係において、円は曲線図形の中で、三角形が直線図形の中で占めるのと同じ根本的な位置を占めているということである。どのような二つの円も相似な図形であり、異なるのは尺度だけである。図26における と のような二つの円の円周の長さは、それぞれの半径の長さに比例する。さらに、もし二つの円が同じ
中心 を共有する場合([図]26の2つの円のように)、任意の角 の辺によって切り取られる弧 と もまた、それぞれの半径に比例する。したがって、弧 の長さと半径 の長さの比、すなわち は、半径 の長さとは全く無関係な数値であり、分数 と同じ値になる。この「弧を半径で割った」分数こそが、大きさを測定するための適切な理論的方法である。
角である。なぜなら、それは任意の長さの単位にも、直角のような任意の角を分割する任意の方法にも依存しないからである。したがって、分数 は角 の大きさを表す。ここで、 を に対して垂直に引く。すると、ギリシャの数学者たちは線分 を弧 の正弦(サイン)と呼び、線分 を弧 の余弦(コサイン)と呼んだ。彼らは、これら種々の線分相互の関係の重要性が、我々が今しがた説いた相似の理論に依存していることを十分に承知していた。しかし、彼らはこの理論から生じる性質を表現するように定義を構成しなかった。また、彼らは変数である二つの数の組を対応させるという関数に関する現代的な一般的概念を抱いておらず、実際、代数学や代数解析に関するいかなる現代的な概念も持ち合わせていなかった。したがって、彼らにとっては図形の中の特定の線分間の関係についてのみ考えるのが自然であった。我々にとって事情は異なる。我々は、より強力な我々の概念を具体化したいのである。
したがって、現代数学においては、弧 を考える代わりに、分数 を考える。これは の長さがどのような値であっても変わらない数である。また、線分 および を考える代わりに、我々は
および という分数。これらもまた の長さに依存しない、すなわち図の縮尺に依存しない数である。そこで、数 を数 の正弦(サイン)と定義し、数 を数 の余弦(コサイン)と定義する。これらの分数形式は印刷するには扱いにくいため、分数 (これは角 の大きさを表す)を と置き、分数 を 、分数 を と置くことにしよう。すると は数であり、任意の角 について論じている以上、それらは変数である。しかし、それらの大きさの間には相関関係が存在し、(すなわち角 )が与えられれば、 と の大きさは一意に定まる。したがって、 と は引数 の関数である。我々は を の正弦、 を の余弦と呼んできた。この特殊なケースに一般的な関数記法 を適用したい。そこで現代数学においては
私たちが「」の代わりに「」と書くのは、そうしたいときである。
「sine」の特殊関数としての役割、そして「cosine」の特殊関数としての役割を示すために「」を「」に対して用いる。したがって、 を上記のような意味で用いると、 となり、ここで における を囲む括弧は、これらの特殊関数においては省略される。数対 と 、および と を対応させるものとしての関数 および の意味は、その関数関係が([図]26参照)角 を作図することによって見出されるということであり、その角の測度「 を で割ったもの」が に等しく、そのとき は「 を で割ったもの」によって与えられる数であり、 は「 を で割ったもの」によって与えられる数であるということである。
の値を大きくしすぎると、さらなる定義なしには困難が生じることは明らかである。なぜなら、そのとき弧は円周の4分の1よりも大きくなる可能性があり、点(図[fig:26]26および[fig:27]27参照)はとの間ではなく、との間に位置することになるからである。また、は図26のように直線の上側ではなく、下側になる可能性もある。この困難を乗り越えるために、我々は正弦と余弦の完全な定義を行うにあたって、座標幾何学の考え方と慣習を用いることにする。角の一方の辺を軸とし、その軸を後方に延長して負の部分を得るものとする。次に、
それと直交するもう一つの軸 。点 から距離 にある任意の点 の座標を および とする。平面の第1「象限」においては、これらの座標は両方とも正である。例えば、[図]27における の座標 と がそうである。他の象限では、座標のどちらか一方または両方が負となる。例えば、[図]27における の座標は と 、 の座標は と 、 の座標は と であり、ここで と はともに負の数である。正の角 は弧 を で割ったものであり、その正弦は 、余弦は である。正の
角 は弧 を で割ったものであり、その正弦は 、余弦は である。正の角 は弧 を で割ったものであり、その正弦は 、その余弦は である。正の角 は弧 を で割ったものであり、その正弦は 、その余弦は である。
しかし、まだ十分とは言えない。というのも、もし我々が、という数を円の全周と半径の比よりも大きい数として選んだとしよう。すべての円は相似であるため、この比はすべての円において同一である。数学ではこれは常にという記号で表される。ここではギリシャ文字のpの形をしたもので、ギリシャ語のアルファベットでは「パイ」と読む。は無理数であり、したがってその値はいかなる分数でも、また有限小数や循環小数でも表すことができないことが証明されている。小数点以下数桁までの値はであり、多くの目的において十分な精度を持つ近似値はである。数学者は、がそう計算できるのと同様に、を必要とされるいかなる精度まででも容易に計算することができる。その値は、実際に桁まで求められている。
小数。そのような計算の精緻化は単なる好奇心に過ぎず、実用的あるいは理論的な興味を引くものではない。 の正確な決定は、有名な円積問題の二つの構成要素のうちの一つである。
問題のもう一つの側面は、純粋幾何学の理論的方法によって、円周と等しい長さの直線を描くことである。この問題のどちらの側面も、現在では不可能であることが証明されている。そして、この解くことのできない問題は、より広範な概念へと吸収されたことで、現在では特別な実用的あるいは理論的な関心をすべて失っている。
の値に関するこの脱線を経て、我々は今、任意の数値 に対応する角を作り出せるよう、角の大きさの一般的な定義という問題に立ち返る。動点 が 上の から出発し([図]27参照)、円周に沿って正の方向(図では反時計回り)に任意の回数だけ回転し、最終的に や や や といった任意の点に留まると仮定する。このとき、移動した曲線状の円弧の全長を円の半径 で割ったものが、任意の大きさの正の角の一般化された定義となる。動点 が留まる点の座標を 、 とする。すなわち、[図]27に示された4つの代替位置のいずれかにおける座標とする。ここで用いられる と は、 と 、あるいは と 、あるいは と 、あるいは と のいずれかとなる。
すると、この一般化された角の正弦は であり、その余弦は となる。これらの定義により、関数関係 および が、最終的にすべての正の実数値 に対して定義される。負の値 に対しては、単に を反対方向(時計回り)に回転させるものとする。しかし、一般的な手順はすでに説明したのであるから、この点についてこれ以上詳しく述べる必要はないだろう。
このように定義された正弦および余弦の関数は、三角法がその起源を持つ三角形に関する問題を扱うことを可能にする。しかし、私たちは今、三角法を、その重要性が(中略)である「周期性」というより広い概念と結びつけることができる段階にある。
前章で説明した通りである。関数 および が の周期関数であることは容易に理解できよう。なぜなら、点 から出発して円周上を回転する動点 の位置 ([図]27参照)を考えてみればよいからである。この位置 は、角 、および 、 、 、……と無限に続く角を示している。さて、これらの角はすべて同じ正弦および余弦、すなわち および を持つ。したがって、以下のことが容易に理解できる。
がどのような値をとるとしても、偏角 、、、、 など、無限に続くこれらはすべて、対応する正弦(サイン)および余弦(コサイン)について同じ値を持つ。言い換えれば、 {4} \sin u &= \sin(2\pi + u) &&= \sin(4\pi + u) &&= \sin(6\pi + u) &&= \text{等々}; \ \cos u &= \cos(2\pi + u) &&= \cos(4\pi + u) &&= \cos(6\pi + u) &&= \text{等々}。
この事実は、 と が周期 の周期関数であるという言葉で表現される。
関数 のグラフ(ここでは や をやめて、より馴染み深い と を用いることに注意されたい)を[図]28に示す。 軸上には数 を表すために任意の長さをとり、 軸上には数 を表すために任意の長さをとる。正弦(サイン)と余弦(コサイン)の数値は決して1を超えることはない。図が の周期で繰り返されることに注目されたい。このグラフは、あらゆる他の関数がそこから構成される、最も単純な形式の周期関数を表している。余弦は正弦と根本的に異なるものを与えるわけではない。なぜなら、 であることは容易に証明できるからであり、したがって のグラフは、[図]28を単に修正したものであることがわかる。
図上の本来の位置ではなく、軸上の と記された点を通り、軸を描くこと。
28において、周期が任意の指定された値 を持つ「正弦」関数を構成することは容易である。なぜなら、単に と書き、次に とすればよいからである。
= \sin \left(\frac{2\pi x}{a} + 2\pi\right) = \sin \frac{2\pi x}{a}.$ したがって、この新しい関数の周期は今や となる。ではここで、どのようなものかについての一般的な定義を与えよう。
周期関数とは何を意味するか。関数 が周期 を持つ周期関数であるとは、(i) 任意の の値に対して が成り立ち、かつ (ii) 任意の の値に対して となるような より小さい数 が存在しないことをいう。
第2の節が定義に含まれているのは、 を考えるとき、それが周期 で周期的なだけでなく、 や といった周期でも周期的であるためです。これは となることから生じます。したがって、私たちが把握し、関数の周期と呼びたいのは最小の周期なのです。周期関数の抽象理論の大部分、そしてこの理論を自然科学に応用する全領域は、フーリエの定理と呼ばれる重要な定理によって支配されています。すなわち、 がある
周期 を持つ周期関数であり、かつ がある種の条件を満たす場合(自然現象から導かれる関数においては、実質的に常に前提とされる条件である)、 は次のような形式の項の和として書き表すことができる。191
この公式において、、、、 など、また 、、 などは、特定の関数に合わせて選ばれる定数である。ここで再び、何項まで選ぶ必要があるのかという問いが生じる。そして、ここに新たな困難が持ち上がる。というのも、特定のケースでは有限の項数で十分な場合もあるが、一般的には、項数を増やせば増やすほど関数の値に限りなく近づけることしかできない、ということが証明できるからである。この漸次的な近似のプロセスは、数学理論の不可欠な一部である無限級数論の考察へと私たちを導く。これについては次章で検討することにする。
周期的なものを表現する上記の方法は
関数を正弦波の和として表すことを、その関数の「調和解析」と呼ぶ。例えば、海岸のどの地点においても、潮汐は周期的に満ち引きを繰り返している。ドーバー海峡に近い地点であれば、地球の自転に起因して1日に2回の満潮と干潮がある。この日々の潮汐の満ち引きは、2つの潮汐波が存在するために複雑なものとなっている。一つはイギリス海峡を遡ってくる波であり、もう一つはスコットランドの北を回り込み、北海を南下してくる波である。さらに、満潮の高さには差がある。これは、月だけでなく太陽にも潮汐を引き起こす影響力があるためである。このようにして、月単位やその他の周期がもたらされるのである。
予測不可能な風による例外的な影響は考慮に入れないものとする。潮汐の調和解析における一般的な問題は、191ページの式にあるような項の集合を見出すことであり、それによって各集合が、ある一つの「周期」の起潮力による寄与を、任意の時点における潮位に対して近似的な精度で与えるようにすることである。したがって、引数 は、任意の都合のよい開始時点から計算した時間となる。
繰り返しになるが、ヴァイオリンの弦の振動運動も同様の調和解析に付される。エーテルや空気の振動もまた同様であり、それらはそれぞれ光の波と音の波に対応している。我々はここで、数理物理学の根本的なプロセスの一つ、すなわち「周期性」という偉大な自然の事実を扱うための一般的な手法そのものに直面しているのである。