シリーズ
数学のいかなる分野も、これほどまでに
初心者に対する導入の些末さは、級数という偉大な主題に比べるべくもない。級数の二つの小さな例、すなわち等差級数と等比級数が考察されるが、これらの例が重要であるのは、それらが重要な一般理論の最も単純な例だからである。しかし、肝心の一般的な考え方が明かされることは決してない。そのため、本来は何事かを例証するはずのこれらの例は、単なる愚かな些末事へと成り下がってしまうのである。
数学における級数(series)という概念は、一般に、ある事柄が順序立てて、すなわち一続きに並べられた集合を指す。この意味は、この用語の一般的な用法にも正確に反映されている。例えば、19世紀の英国首相の系譜を考えてみよう。彼らは、その世紀において初めて首相に就任した順に並べられている。この系譜はウィリアム・ピットに始まり、
ローズベリー卿。彼がその最初の人物の伝記作家であるというのは、いかにもふさわしいことである。我々は
これらの人物を並べるにあたって、身長順や体重順といった別の順序を検討することもできたかもしれない。こうした提案される他の順序は、首相という文脈においては些末なものに思われ、自然に思い浮かぶことはないだろう。しかし抽象的に見れば、それらも他のあらゆる順序と同様に立派な順序である。ある項目の集合において、一つの順序が他の順序よりもはるかに重要であったり、あるいは自明であったりする場合、それがその項目の「順序」として語られることが多い。したがって、整数の順序といえば、常に大きさの順に並べたものを指すことになる。しかしもちろん、それらを並べる方法は無数に存在する。考慮するものの数が有限であるとき、それらを順に並べる方法の総数を、その順列の数と呼ぶ。個のものの集合における順列の数は(ここではある有限の整数とする)、、すなわち最初の個の整数の積である。この積は数学において非常に重要であるため、特別な記号が用いられ、常に「」と表記される。したがって、であり、であり、であり、である。が増加するにつれて、の値は非常に急速に増加する。そのため、はの100倍もの大きさになるのである。
の値が小さい場合、が個のものを順に並べる方法の数であることは容易に確かめられる。例えば、との2つのものを考えると、これらにはとという2通りの順序が可能であり、となる。
今一度、、、 という3つのものを取り上げてみましょう。これらは、、、、、、 という6通りの順序をとることができ、 となります。同様に、、、、 という4つのものを並べる順序についても、24通りとなります。
無限の集合体について考えるとき――例えば
例えば、すべての整数の集合、あるいはすべての分数の集合、あるいはすべての実数の集合といったものに目を向けると、私たちは直ちに「順序型」の理論という複雑な問題に突き当たります。この主題については、第VI章において、整数、分数、そして実数の取りうる順序を考察する際に触れました。順序型に関するこの問題全体は、数学の中でも比較的新しく、かつ非常に重要な一分野を形成しています。本稿ではこれ以上深く立ち入ることはしません。私たちがこれから考察する無限級数はすべて、整数を大きさの昇順に並べたものと同じ順序型を持っています。すなわち、初項が存在し、初項を除いて各項にはその両隣にそれぞれ一つずつ隣接する項が存在し(もちろん初項には隣接する項は一つしかありません)、したがって、 が(ゼロ以外の)任意の整数であれば、必ず第 項が存在するというものです。有限の
(例えば項といった)有限の項数は、隣り合う項に関する限り、無限級数と同じ特性を備えている。無限級数と異なるのは、末項、すなわち第項が存在するということだけである。
一連の数(ここでいう「一連」とは、先ほど述べた限定的な意味でのそれを指す)において重要なことは、その連続する項を順次足し合わせていくことである。
したがって、 がそれぞれある数列の第1項、第2項、第3項、第4項、、第項であるならば、我々は順次、 という級数を形成することになる。このようにして、最初の項の和は と書くことができる。
もしその級数が有限個の
項、私たちは最終的にこのようにして項の全級数の和へと至る。しかし、もしその級数が無限個の項を持つならば、項の和を逐次的に形成していくこの過程は決して終わることがない。そして、この意味において、無限級数の和というようなものは存在しないのである。
しかし、なぜこのように級数の項を順次加えていくことが重要なのでしょうか。その答えは、私たちがここで「近似」という基本的な精神的プロセスを象徴化しているからです。これは、はるかに大きな意義を持つプロセスであり、
数学の領域を超えて。我々の限られた知性は、複雑な事柄を一度に処理することができず、我々の整理手法は近似的なものとなる。政治家は演説を組み立てる際、主要な論点を最初に置き、詳細は自然に従属的な位置へと収まるようにする。もちろん、その対極にある芸術的な手法として、従属的あるいは特殊な詳細を提示することで想像力を準備させ、徐々にクライマックスへと高めていくやり方もある。いずれの方法であれ、その過程は効果の段階的な積み上げであり、これこそまさに級数の項を順次加算することによって行われるものに他ならない。我々が日常的に数値を表記する方法は、少なくとも大きな数の場合、そのような段階的な加算のプロセスとなっている。したがって、という数は、我々の心の中で次のように提示されるのである。——
小数においては、このことがより明白である。したがって、 は次のように表される。–- 。また、、および 、および 、および 、そして は、完全な結果である に対する逐次近似である。もし を右から左へ、すなわち の位から逆向きに読むならば、
私たちはそれを芸術的な方法で読み、50万ドルという危機に向けて徐々に心を準備していった。
通常の数値の乗算プロセスは、級数の加算によって進められる。次の計算を検討せよ。
したがって、追加される3つの行は、最初の項を上の行とする数列をなす。この数列は、最も重要な項を最後に提示するという芸術的な手法に従っているが、それは芸術的な感性によるものではなく、一の位をしっかりと保持することによって得られる利便性のためであり、こうすることで形式上は必要となるいくつかのを省略することが可能になるのである。
しかし、私たちが徐々に近似していくとき
無限級数の項を次々と足し合わせる際、私たちは何に近似しようとしているのだろうか。困難なのは、この級数には言葉通りの意味での「和」が存在しないことである。なぜなら、その項をすべて足し合わせるという操作は、決して完了することがないからだ。その答えは、私たちは級数の総和の極限に近似しようとしているのであり、今や私たちは
「級数」の「極限」とは何かについて説明します。
級数の和は、項の数が十分に大きければ、その和が望む限り極限値に近づくとき、ある極限値に収束する。しかし、極限に近づくという意味についてのこの説明は、現代数学の厳密な吟味に耐えられないことは明らかである。「十分に大きい」とはどういうことか、「ほぼ等しい」とはどういうことか、そして「望む限り」とはどういうことか。これらすべての曖昧な言い回しは、純粋数学においてのみ許容される単純な抽象的概念を用いて説明されなければならない。
級数の連続する項を , , , , , 等とし、 をその級数の第 項とする。また、 がどのような値であれ、 を最初の 項の和とする。すなわち:–-
すると、, , , , という項は新しい級数を形成し、この級数の形成こそが元の級数の総和をとる過程である。したがって、元の級数の総和が「極限」に「近づく」とは、「この新しい級数の各項が極限に近づく」ことを意味する。そして我々は
さて、級数の各項が極限に近づくという意味について説明しよう。
さて、近似の基準の定義(第XII章で述べたもの)を思い出すと、
極限という概念は次のようなことを意味する。すなわち、級数 の項の極限が であるとは、近似の基準としてとられたいかなる実数 に対しても、級数の項 が存在し、それ以降のすべての項(すなわち など)がその近似の基準の範囲内で に近似することをいう。もし別のより小さな基準 が選ばれたならば、項 は級数の中では早すぎるかもしれず、その場合には上記の性質を持つより後の項 が見出されることになる。
もしこの性質が成り立つならば、級数 , , , , を左から右へと進むにつれて、ある時点から先は、どのような数を与えたとしても、それよりも に近い項ばかりになることは明らかである。言い換えれば、あなたは に好きなだけ近づくことができる。級数の極限に関するこの定義と、第XI章で与えられた連続関数の定義との密接な関連性は、直ちに理解されるであろう。
そこで、元の級数 に立ち返ると、級数 の項の極限は、元の級数の「無限和」と呼ばれる。しかし、この言葉の使い方が
「和(sum)」という言葉は極めて人工的なものであり、有限個の項の通常の和に見られるような性質がそのまま成り立つと仮定することは、特別な検討なしには許されない。
「無限和」の例を見てみよう。循環小数 を考える。この小数は、 と続く級数の「無限和」を単に記号化したものにすぎない。これに対応する部分和の級数は となる。この級数の項の極限は である。これは単純な割り算をすれば容易にわかる。なぜなら、 だからである。したがって、もし(定義における として) が与えられれば、 およびそれに続くすべての項と との差は 未満となる。もし(定義における の別の選択肢として) が与えられれば、 およびそれに続くすべての項と との差は 未満となる。このように、 をどのように選ぼうとも同様である。
これまでに述べたことのいずれもが、級数の「無限和」をどのように求めるかについて、いささかの概念も与えていないことは明らかである。我々は、そのような数が満たすべき条件を述べたに過ぎない。実際、あらゆる場合において級数の無限和を求める一般的な手法というものは、本質的にあり得ない。なぜなら、ここで定義されたような「和」は、常に存在するとは限らないからである。和を持つ級数は、
無限和を持つものは収束するといい、無限和を持たないものは発散するという。
発散級数の明白な例は、、、、……、、すなわち整数の大きさを順に並べた級数である。無限大の和としてどのような数 をとろうとしても、またどのような近似の基準 を選ぼうとしても、級数の項を十分に多くとれば、その和と との差を常に より大きくすることができる。また、発散級数の別の例として、、、、……、すなわち各項が に等しい級数がある。この場合、 項の和は であり、この和は が増加するにつれて限りなく大きくなる。さらにもう一つの発散級数の例として、、、、、、、……、すなわち項が交互に と になる級数がある。奇数項までの和は であり、偶数項までの和は である。したがって、級数 、、、……、 の各項は、限りなく増加するわけではないものの、ある極限値に近づくことはない。
, , …, の和が無限大に収束するための条件は、 が増加するにつれて が限りなく減少することである、と想定したくなるかもしれない。もしそうであれば、数学は今よりもずっと容易な学問であっただろう。あいにく、その想定は正しくない。
例えば、級数 は発散する。このことが成り立つのは容易に見て取れる。なぜなら、 項の和を考えてみればよい。
番目の項から始まるとする。これらの個の項は, , , , であり、これらは個存在し、その中でが最小である。したがって、それらの和はの倍よりも大きい、すなわちよりも大きい。さて、無限和が存在するならばそれを変えることなく、隣接する項を足し合わせることで、級数を得ることができる。すなわち、上述したことから、第2項以降の項が級数(第1項を除くすべての項が等しい)の項よりも大きい級数が得られる。しかし、この級数は発散する。ゆえに、元の級数は発散する。Cf. Note C, noteC.204
この分岐の問題は、特性から議論を進める際に、私たちがどれほど慎重でなければならないかを示している。
有限個の項の和と無限級数の和とを比較することである。なぜなら、有限個の項の最も基本的な性質は、当然ながらそれらが和を持つということであるが、この基本的な性質でさえ、無限級数においては必ずしも備わっているとは限らないからである。この注意は、単に「無限級数の和」という専門用語が示唆するものに惑わされてはならないということを述べているに過ぎない。無限級数 の和は、通常 と表記される。
次に、級数の概念の一般化へと進むことにしよう。数学は、その手法に忠実に、変数を用いることによってこれを行う。これまで我々は、各項が確定した数であるような級数のみを考察してきた。しかし同様に、各項が変数 を含む何らかの数学的表現となるように一般化することも可能である。したがって、我々は級数 , , , , , , や、級数 を考察することができるのである。
そのような関数の一般的な概念を象徴するために、 の関数、例えば を想定してみよう。これはその構成の中に変数である整数 を含んでいる。そこで、 に
といった値を順次代入していくと、級数 が得られる。このような級数は、 の値によっては収束することもあれば、発散することもある。実際、変数 を含む級数で、あらゆる の値に対して収束するものは極めて稀である。少なくとも、個別の事例においてそうであると仮定するのは非常に危険である。例として、最も単純な事例である「幾何」級数について調べてみよう。
級数 項の和は で与えられる。
次に両辺に を掛けると、 となる。今度は上の式から下の式を引くと、 となり、したがって( が でないならば) となる。さて、 の絶対値が より小さい場合、 が十分に大きな値であれば、 は常に絶対値が
がどのように選ばれようとも、 未満である。したがって、 の絶対値が 未満であれば、級数 は収束し、その極限は である。この事実は次のように記号化される。 しかし、 の絶対値が より大きいか、あるいは と等しい場合、この級数は発散する。言い換えれば、 が と の間にあるならば級数は収束するが、 が または と等しい場合、あるいは が から までの区間の外側にある場合、級数は発散する。したがって、この級数は から までの区間内の、両端点を除くすべての「点」において収束する。
我々の探究のこの段階において、別の問いが生じる。級数 が、 から までの区間内にあるすべての の値に対して収束すると仮定しよう。すなわち、この級数は より大きく より小さいいかなる の値に対しても収束するものとする。さらに、極限を近似するにあたって、ある近似基準 の範囲内に収まるのに十分な項数を加えていることを確実にしたいと仮定しよう。我々は常に、ある項数、例えば を指定して、もし 項以上の和をとるならば、 がどのような値をとろうとも
その区間内において、我々は所望の近似基準を満たしたか?
できるときもあれば、できないときもある。
の各値についてこれを行います。それが可能な場合、その級数は区間全体で一様収束すると呼ばれ、不可能な場合、その級数は区間全体で非一様収束すると呼ばれます。ある級数が区間全体で一様収束するか否かは、その級数の性質に大きな違いをもたらします。最も単純な例と最も単純な数値を用いて、この問題を説明しましょう。
幾何級数 について考える。
それは から までの区間全体で収束するが、端点である は除外される。
しかし、この区間全体で一様に収束するわけではない。なぜなら、 を 項の和とすれば、 と極限 との差は であることが証明されているからである。さて、項数 を任意の数、例えば とし、 を任意の近似基準、例えば としよう。このとき、 を に十分近づけるか、あるいは に十分近づけることによって、 の絶対値を より大きくすることができる。したがって、 項では
その全区間にわたって行うわけではないが、一部の区間においては、それだけで十分すぎるほどである。
の代わりに他のどのような数を取り、 の代わりにどのような近似の基準を取ったとしても、同じ推論を適用することができる。したがって、幾何級数 は、その収束区間全体である から にわたって一様収束しない。しかし、 から の区間の両端の内側にあるより小さな区間を取れば、幾何級数はその内部で一様収束する。例えば、 から までの区間を取ってみよう。このとき、これらの の限界値において を 未満にするような の値は、これらの限界値の間にあるすべての の値に対しても有効である。なぜなら、たまたま の絶対値が減少するにつれて の絶対値も減少するからである。例えば、 とし、 を代入すると、次が得られる:
-- {3} &\text{ のとき、}\quad & \frac{x^{n+1}}{1 - x} &= \frac{(\frac{1}{10})^{2}}{1 - \frac{1}{10}} &&= \tfrac{1}{90} = .0111\dots, \
&\text{ のとき、}\quad & \frac{x^{n+1}}{1 - x} &= \frac{(\frac{1}{10})^{3}}{1 - \frac{1}{10}} &&= \tfrac{1}{900} = .00111\dots, \
&\text{ のとき、}\quad & \frac{x^{n+1}}{1 - x} &= \frac{(\frac{1}{10})^{4}}{1 - \frac{1}{10}} &&= \tfrac{1}{9000} = .000111\dots.
したがって、全区間に対して3つの項で十分である。
もちろん、区間の一部については、それが必要以上に大きいということもある。ここで注意すべきは、 という級数は(一様ではないものの) から までの区間全体で収束するため、その区間内の各 の値に対して、所望の近似精度を満たす項数 を見つけることができるという点である。しかし、 を端の値である や に近づければ近づけるほど、より大きな を用いる必要が生じるのである。
一様収束と非一様収束との間のこの重要な区別が、1847年にストークスによって発表されるまで公にされなかったことは奇妙である――その後、
ジョージ・ストークス卿――そして後に1850年、ドイツ人のザイデルが独立して
数学者。
非一様収束が生じる臨界点は、必ずしも収束が成立する区間の端点にあるとは限らない。これは幾何級数に特有の性質である。
幾何級数 の場合、その収束区間内における極限に対して、 という単純な代数式を与えることができる。しかし、常にそうであるとは限らない。多くの場合、ある級数が特定の区間内で収束することは証明できても、その極限については、それが級数の極限であるということ以外、何も知らないということがある。
しかし、これは関数を定義する非常に優れた方法である。すなわち、無限収束級数の極限として定義する方法であり、実際、ほとんどの関数はこのように定義されているか、あるいはそう定義されるべきなのである。
したがって、初等的な(数学における)最も重要な級数は
解析は であり、ここで は本章の初めに定義した意味を持つ。この級数は、すべての の値に対して絶対収束し、また、我々が選ぶいかなる区間内においても一様収束することが証明できる。したがって、この級数は級数として備えるべきあらゆる好都合な数学的性質を有している。これを指数級数と呼ぶ。その無限和を と記す。すなわち、定義により である。 を指数関数と呼ぶ。
初等数学の知識が少しあれば、 であることを証明するのはかなり容易である。\tag*{\quad\ensuremath{(A)}}$ 言い換えれば、
この性質(A)は、いわゆる加法定理と呼ばれるものの例である。いかなる
関数 が定義されたとき、最初に行うことは、 を のみの既知関数と のみの既知関数を用いて表そうとすることである。もしそれが可能であれば、その結果は加法定理と呼ばれる。加法定理は数学解析において大きな役割を果たす。例えば、正弦の加法定理は で与えられ、余弦の加法定理は で与えられる。
実のところ、 と を定義する最良の方法は、前章のような複雑な幾何学的手法によるものではなく、それぞれ以下の級数の極限として定義することである。すなわち、 および であり、したがって次のように置く。
これらの定義は幾何学的な定義と同値であり、どちらの級数もすべての の値に対して収束すること、また任意の区間において一様収束することが証明できる。正弦および余弦に関するこれらの級数は、上で示した指数級数と一般的な類似性を持っている。実際、これらは第 [chapter:VII]VII 章および第 [chapter:VIII]VIII 章で解説される虚数の理論を通じて、指数級数と密接に関連しているのである。29
指数関数のグラフを[図]29に示す。このグラフは軸をの点で横切るが、これは明らかである。なぜなら、のとき、級数の第1項以外のすべての項はゼロになるからである。指数関数が重要である理由は、ある瞬間の増加率がその瞬間の値の一定の割合であるような、あらゆる変化する物理量を表すからである。
例えば、上のグラフは、出生率と死亡率が一定で、移住のない集団の任意の時点における規模を表している。ここで、 は任意の都合の良い日を起点とした時間を表し、 は適切な尺度で集団の規模を表す。この尺度は、 が起点として設定された日付における集団の規模を表すようなものでなければならない。しかし、私たちはここで「増加率」という概念に行き当たった。これが次章の主題である。
〜と密接に関連する重要な機能は、
指数関数は、その引数である を に置き換えることで得られる。
こうして が得られる。 のグラフを [図]30 に示す。
その曲線は、まるで山高帽のような形をしており、正規誤差曲線と呼ばれている。その
対応関数は統計理論において極めて重要であり、多くの場合、平均的な結果からどの程度の逸脱が予想されるかを我々に教えてくれる。
もう一つの重要な関数は、指数関数と正弦関数を次のように組み合わせることで得られる。–- 31
そのグラフを[図]31に示す。点 、、、、、、 は の等間隔に配置されており、これらを前後へと無限に続く級数として描くべきである。この関数は、摩擦や「減衰」力の影響下における振動の減衰を表している。摩擦がなければ、振動は周期 を持つ周期的なものとなるはずであるが、摩擦の影響によって
各振動の振幅を、その直前の振幅に対する一定の割合で減少させる。この「周期性」(それには
(正弦や余弦はその象徴として)「正弦または余弦」と(指数関数をその象徴として必要とする)「一定の割合」が、この関数の形式、すなわち正弦関数と指数関数の積という形式の理由となっている。