CodalSearch this book — or all of Codal…⌘K
nydus/An Introduction to MathematicsPublic
243 ページ中 34 ページ
Table of Contents

IV

5を楕円軌道へと曲げる力についてである。彼は、この力が次の図([fig:5]5)に示すように、太陽に向かう力でなければならないことを示した。実際、この力とは、前述した距離の逆二乗の法則に従って作用する太陽の重力による引力のことである。

力学という科学は、

ギリシア人は、使用によって得られる機械的利得の理論に関する考察から

てこの原理、そして物体の重量に関連する様々な問題の考察から生じたものである。前述の通り、十六世紀末から十七世紀にかけて、それは最終的に真の基礎の上に置かれることとなった。その目的の一部は落体の理論を説明することにあったが、主たる目的は惑星運動の科学的理論を構築することにあった。しかし、それ以来、力学はより野心的な課題を自らに課すようになり、現在では他の諸科学を分科とする究極の科学であると主張するに至っている。その主張とは、すなわち、感覚によって知覚される事物の様々な性質は、空間に存在する事物の位置の変化を我々が認識する独特の様式に過ぎない、というものである。例えば、ウェストミンスター寺院を眺めるとしよう。それは何世紀もの間、灰色で動かぬ姿でそこに佇んでいる。しかし、現代の科学理論によれば、建物の不動の感覚をこれほどまでに強めているその灰色さ自体が、建物の外表面を形成し、エーテルと呼ばれる物質に振動を伝えている究極の分子の急速な運動を、我々が認識する方法に過ぎないのである。また、我々がその石に手を触れ、建物の静かな安らぎを象徴するような、冷たく一定の温度を感じ取るとしよう。しかし、この温度の感覚は、単に熱が移動していることを我々が感じ取っているに過ぎないのである。

手から石へ、あるいは石から手へ。そして現代科学によれば、熱とは物体の分子の運動にほかならない。やがてオルガンが鳴り響き始め、これまた音とは、空気の振動が耳の鼓膜を打つことの結果にほかならない。

したがって、諸現象を力学的に説明しようとする試みとは、ある物質や物体がかつてこの場所にあったものが、今はあの場所にあるといった一般的な形式の言明によって、それらを説明しようとする試みにほかならない。こうして我々は、現代科学の偉大なる基礎的理念、すなわち、我々のあらゆる感覚とは、さまざまな時点における空間内の事物の配置の変化を比較した結果であるという考えに到達する。したがって、運動の法則、すなわち事物の配置の変化に関する法則こそが、物理科学における究極の法則であるという結論が導かれる。

自然哲学の探究に数学を応用する際、科学は日常的な思考が何気なく行っていることを体系的に行う。私たちが椅子について語るとき、通常は私たちが何らかの形で見ていたり触れていたりするものを指している。もっとも、私たちの言語の大部分は、私たちの視覚や感覚とは独立して存在する何ものかがあるという前提に基づいている。さて、数理物理学においては、これとは逆の道がとられる。椅子は、いかなる言及もなされることなく概念化される。

34