- 3 = 1$ は無意味なものとなってしまう。なぜなら、 とは「1つのものから3つのものを取り去ったときに残るものの数」でなければならないが、そのような手順は不可能だからである。ここで、代数的形式という我々の概念が登場する。それ自体、別の側面から見た一般化にすぎない。したがって、我々は次のように考える。
と同じ形式の一般方程式は、 であり、その解は である。ここで我々の困難は深刻なものとなる。なぜなら、この形式は が より大きい場合にしか数値的な解釈ができず、 と がいかなる定数であってもよいとは無条件に言えないからである。言い換えれば、我々は「定数」 と の可変性に制限を導入してしまったのであり、その制限をあらゆる推論の過程で鎖のように引きずらなければならない。このような条件下では、長期にわたる数学的探究は不可能であろう。あらゆる方程式は、最終的には制限の山に埋もれてしまうはずだ。しかし、ここで我々が記号を「演算」として解釈すれば、あらゆる制限は魔法のように消え去る。方程式 は を与え、方程式 は を与え、方程式 は を与える。これは場合に応じて加法あるいは減法の演算となる。 が加法の演算を表すのか減法の演算を表すのかを決定する必要はまったくない。なぜなら、いずれの場合であっても記号を用いた手順の規則は同じだからである。
本書の計画において、初等代数学の詳細な章を執筆することは意図していない。我々の目的は、この学問の形成を導く根本的な考え方を明らかにすることに尽きる。したがって、我々は「正の数と負の数」がどのように扱われるかという詳細な規則については、これ以上説明しない。
乗算やその他の方法で組み合わせられる。正の数と負の数が演算であることは、すでに上で説明した。これらは「ステップ(歩み)」とも呼ばれてきた。したがって、 とは から へと進むステップであり、 とは から へと戻るステップである。本章の前半で説明したように、直線 が分割され、その上の点が数を表していると考える。そのとき、
pg86は、からへの、あるいはからへの、さもなくば(分割をに沿って逆向きにとるならば)からへの、あるいはからへの歩み、等々である。同様には、からへの、あるいはからへの、あるいはからへの、あるいはからへの歩みである。