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nydus/An Introduction to MathematicsPublic
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Table of Contents

XV

デカルトは科学の世界に新しい考えをもたらしたが、フェルマーもまた、間違いなく独自にそれらに到達していた。

しかし、ニュートンやライプニッツに対する賞賛を惜しむ必要はない。ニュートンは数学者であり自然科学の研究者であった。ライプニッツは数学者であり、

そして哲学者であり、彼らはそれぞれの思考の領域において、世界が知る最も偉大な天才の一人であった。この共同発明は、不幸で、あまり名誉とは言えない論争のきっかけとなった。ニュートンは、彼が「流率法(Fluxions)」と呼んだ手法を用いていたが、

1666年のことであり、彼はそれを『プリンキピア』の執筆に用いたが、出版された同書においては、特殊な代数記法は一切避けられている。しかし、彼が自身の方法について直接的な記述を公表したのは1693年になってからであった。ライプニッツは1684年に最初の論文を発表した。彼はニュートンの友人たちから、ニュートンの手稿を私的に見せてもらい、それを盗用したのだと非難された。ライプニッツもまた、ニュートンが自分から盗用したと非難した。今日では、両者がそれぞれ独立して発見した功績を認めるべきであるという点に、ほとんど疑いの余地はない。この主題は発見されるべくして熟した段階に達しており、これほど有能な二人の人物が独立してそれに到達したとしても、何ら驚くべきことではないのである。

こうした共同発見は、科学の世界ではごくありふれたことである。発見というものは、概してそれまでの思考の潮流によって導かれる以前になされることはなく、その段階に至れば、多くの知性がその重要な概念を競って追い求めているものだからだ。もし私たちが、イギリス人が(関与した)発見のみに固執するならば、

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