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nydus/An Introduction to MathematicsPublic
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XVI

心。命題の抽象的な論理形式を完全に述べれば、「もしある事物の集合が、しかじかの抽象的な性質を持つならば、それらはまた、しかじかの別の抽象的な性質も持つ」というものになる。しかし、心眼の前に現れるのは、空間における点、線、面、立体の集合である。この例は必然的に現れるものであり、命題に興味を抱かせる唯一の例でもある。だが、その圧倒的な重要性にもかかわらず、それはあくまで一つの例に過ぎない。

幾何学は、数学的な学問として捉えるならば、より包括的な「順序の科学」の一部門である。これを「次元的順序の科学」と呼ぶこともできる。この「次元的」という限定が導入されたのは、幾何学を順序の一般科学の一部へと縮小させる制約が、直線と平面、そして平面と空間全体との間に規則的な関係を生じさせるような性質のものだからである。

科学的な外的事象の世界という概念を形成する上で、空間が実用的に重要であることは理解しやすい。一方で、私たちの空間知覚はさまざまな感覚と絡み合い、それらを結びつけている。私たちは通常、ある物体を目で見るのと同じ場所に触れていると判断する。たとえ異常な場合であっても、私たちはそれを見ているのと同じ空間内で触れており、これこそが私たちの多様な感覚を結びつける真に根本的な事実なのである。したがって、

空間の知覚とは、ある意味で我々の感覚の共通部分である。また、空間の抽象的な性質が、空間的関心の大部分を占めるということも起こりうる。空間のあらゆる性質に対して、それに対応する抽象的な数学的記述が存在すると言っても過言ではない。最も好ましくない例を挙げるならば、曲線には形状の特別な美しさがあるかもしれない。しかし、その形状には、その形状にのみ付随する何らかの抽象的な数学的性質が対応しているのである。

要約すれば、以下の通りである。(1) 幾何学において探究される空間の諸性質は、数の性質と同様に、事物として事物に属する性質であり、特定の認識様式への特別な言及を伴うものではない。(2) 空間知覚は我々の感覚に随伴するものであり、おそらくはそのすべてに、少なくとも多くには随伴している。しかし、すべての事物が一つの空間、あるいは何らかの空間に存在しなければならないということは、事物の必然的な性質ではないように思われる。

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