微分法
微分法の発明
は数学の歴史における危機を画するものである。科学の進歩は、着想が緩やかに蓄積される時期と、そうして忍耐強く集められた思考のための新たな素材のおかげで、ある天才が新しい手法や新しい視点を考案し、主題全体を突如としてより高い次元へと変容させる時期とに分けられる。思考の歴史の進歩におけるこうした対照的な時期は、シェリーによって雪崩の形成になぞらえられている。
太陽に目覚めさせられた雪崩!その塊は、 嵐に三たびふるいにかけられ、そこに積もり重なった 一片また一片と――天に抗う精神の中に 思想が思想を積み重ねるように、やがて一つの偉大な真理が 解き放たれ、諸国民の間にその響きがこだまする。
その比較は、いくらかの追及に耐えうるものだろう。雪崩を引き起こす最後の一筋の陽光は、それがゆっくりと形成される過程を支配してきた自然の他の力と比べて、その規模において必ずしも比較の対象外というわけではない。
形成も同様である。科学においても同じことが言える。ある思考の領域全体を一変させる最後のアイデアを生み出す幸運に恵まれた天才が、そのアイデアの予備的な形成に取り組んできた先人たち全員より優れているとは限らないのである。科学の歴史を考えるにあたって、新しい時代への最後の一歩を踏み出した人々だけに口を開けて驚嘆し、称賛を限定してしまうのは、愚かであり、かつ恩知らずなことである。
我々の目の前にあるこの特定の事例において、その
subjectは、その二人の発明者の手によって最終的な形をとるまでに、長い歴史をたどってきた。その手法の痕跡はギリシャの数学者たちの間にもいくつか見られ、そして最終的に、このsubjectが実際に生み出される直前には、フェルマー(1601年生まれ、
(1665年没)は、著名なフランスの数学者であり、先行する諸概念を大きく改良したため、この学問分野は彼によってほぼ創始されたと言っても過言ではない。フェルマーもまた、同時代人で同郷のデカルトと共に、座標幾何学の共同発明者であると主張しうる存在である。実際、それは